導入
この小説はキャプテン・ソルのメインストーリー後の話になります。
異世界でSランク冒険者にとして活動しているソルは災害級のモンスターをぶった押すが、やりすぎて重要拠点を更地にしてしまう。
そんなソルの後始末と個性的過ぎる2人と出会うまでのお話です。
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ソル短編小説

後始末

朝日が、昨日まで鉄壁を誇っていた要塞の「あった場所」を虚しく照らしている。
視界を遮るものは何もない。大型魔獣が暴れた痕跡すらなく、まるで最初から何もなかったかのように綺麗に整地された広大な更地が広がっていた。
その中央で、ギルドマスターのヴァルター・グランディスさんが、見たこともないような青い顔で震えている。
「……終わった。僕の冒険者ギルド運営人生も、僕の胃も、全てがこの更地と共に消え去った……」
僕は申し訳ない気持ちになりながら、ヴァルターさんの背中をそっとさすった。見た目は二十歳の若造だが、中身は元・社畜。その悲哀は痛いほどよく分かる。
……まあ、やらかしたのは僕たちなんだけど。
「まあまあ、ヴァルターさん。死者は一人も出なかったんです。命があれば、建物なんてまた建てればいいじゃないですか」
「エス君……君はいいよね、表向きは『運良く生き残った不運な一般冒険者』で済むんだから。この更地を作った元凶が、今まさに僕の背中をさすっているなんて、誰が信じてくれると思う?」
僕は苦笑いするしかなかった。平凡な風貌に、安物の革鎧。どこからどう見ても、街に溢れるC級冒険者にしか見えない僕の姿。
だが、その内側には規格外の幽霊が眠っている。ソルの放ったあの一撃は、厄災級の巨人を木っ端微塵にして、ついでに要塞まで綺麗に更地にしてしまったのだ。
「……で、おいくらですか? 損害額」
「拠点再建費、兵士と冒険者の治療、物資の補填……諸々合わせて、三億ゴルドだ」
うっ、と胃のあたりが重くなる。前世での住宅ローン返済の記憶が蘇った。 C級冒険者の給料では、来世まで働いても返せない額だ。
だが、ヴァルターさんは震える手で別の報告書を取り出した。
「だが、信じられんことが起きた。昨日、君たち『キャプテン・ソル』を狂信的に崇拝し始めた『赤炎救済教団』とかいう団体から、『神の偉業への祝儀』として、ギルドに法外な額の寄付金が投げ込まれたんだ」
「祝儀?」
「ああ。奴ら、あの爆発的な炎を『神の浄化』だと泣いて喜んでいてな……。さらに、厄災級サイクロプスの討伐報酬。これは特例でS級扱いにする。それらを合わせると……」
「合わせると?」
「……完済だ。それどころか、手元に数万ゴルドの余剰金が出る」
一瞬の沈黙。 胸元のアクセサリーの中から、『ヨホイ! 俺の価値がわかる奴らがいたもんだ!』と陽気な幻聴が聞こえた気がした。……こいつ、後で塩漬けの刑だな。
「……プラス、ですか。それはよかった」
「よくない。あの教団の代表、セラフィナという女が昨晩から更地を拝み倒して不気味な祝詞を上げていたぞ。こんなヤバい連中からの金なんて、絶対面倒なことになる。……再建が先決だからもらうけどね。エス君、この余った金はどうする?」
僕は少し考え、周囲を見渡した。 住む場所を失い、焚き火を囲んで肩を落とす兵士や冒険者たちがいた。彼らの顔には、明日への不安が張り付いている。
「これ、全部使っていいですか? 炊き出し――いえ、宴をしたいんです。とりあえず美味いもん食って元気出しましょう」
これこそが、僕とソルの定義する「海賊」の掟。どんな場面でもお宝(えがお)を頂くために全力を尽くす。 そして何より、今のソルには『サノアルマ』という正の感情エネルギーの補充が必要だった。
楽しい宴

その夜、更地となった要塞跡地は、昼間の静寂が嘘のような熱気に包まれていた。 いくつもの巨大な焚き火が並び、大鍋では肉が踊り、酒樽が次々と開けられる。
「さあ野郎ども! 湿気たツラしてんじゃねぇ! 奪われたもんがあるなら、次はもっとデカいもんを掴めばいいだろ! 今夜は俺の奢りだ、腹一杯食え!」
焚き火の光を浴びて、豪快に笑う男がいた。 赤い外套をなびかせ、全身から青い霊炎を揺らめかせる不敵な幽霊海賊――キャプテン・ソルだ。
僕は身体をソルに委ね、その華やかな姿に実体を与えることで、この場から地味な青年の気配を消していた。
「おい、紅の旦那! 本当にタダでいいのかよ!」
「ああ! その代わり、全力で楽しめ! 明日からクソ忙しくなるからな!」
「「「いや、それお前のせいだろ!!」」」
元凶であるソルにツッコミを入れながらも、兵士たちは肩を組み、どんちゃん騒ぎに興じている。 人々が酒を酌み交わし、絶望を笑い飛ばして「楽しむ」たび、ソルの身体を包む青い炎がひときわ明るく輝き、僕のアクセサリーには膨大なサノアルマが充填されていく。
僕としては、みんなの元気な姿を見るだけで「よしよし」と満足なのだが、ソルの身体を使うとどうにもノリが良くなりすぎるのが玉に瑕だ。
人々は「紅き英雄」のカリスマに熱狂し、その正体が、翌朝には「ただのC級冒険者」として後始末に忙殺される男だとは、夢にも思わなかっただろう。
重すぎる英雄たち
翌朝。 宴が終わり、人々が酔いつぶれて静まり返った拠点跡地。 僕は一人で宴の片付けをしながら、今日から始まる瓦礫撤去の段取りを考えていた。
そんな中、遠くから王都派遣の豪華な騎士団が近づいてくるのが見えた。
(うわぁ……なんだあの一団。国賓か何かかな。僕みたいなC級がうろうろして、不敬罪で無礼打ちにでもされたら堪ったもんじゃない。さっさと作業に戻ろう)
僕はそそくさと跡地から離れ、群衆が動き出す前に街の路地裏へと消えた。
一方、騎士団の中央で馬を走らせる二人の男女がいた。若くして国中の希望を背負う、現世代の象徴。
「……いたわ。アルト、あの方の気配よ」
「ああ、間違いない。あの、のんびりした締まりのない歩き方……丸わかりなんだよ」
二人は視線を交わすと、護衛の騎士団に「周囲を警戒してくる」とだけ告げ、鮮やかな身のこなしで本隊を離脱。「勇者様!?」と慌てる騎士団を置いて、一瞬にして軍勢を撒いてみせた。
街外れの、人気のない裏路地。 ようやく一息つき、壁に寄りかかった瞬間だった。
背後から、逃げ道を完全に断つような圧力を孕んだ声が響く。
「……見つけた」
振り返るより早く、背中に柔らかな感触が押し付けられた。
「五年……五年も、私をおいてどこへ行っていたのですか、エス?」
プラチナブロンドをなびかせた聖女――リアが、僕の腰に腕を回して密着していた。 その瞳は、慈愛を通り越して狂信的な執着を宿し、うっとりと僕の匂いを嗅いでいる。
……何やってんの、この子?
「ひ、えっ!? リア……!? なんで君がここに……?」
「黙れ、能天気野郎」
正面から現れたのは、黄金の聖剣を腰に下げた精悍な青年――アルトだった。 アルトは僕の胸ぐらを乱暴に掴むと、顔を数センチの距離まで近づけてきた。

近い、近いって。 美女に密着されるのもドキドキするが、イケメン顔が迫るのも心臓に悪い。
「テメェ……なんでこんなヤバい場所にいた! 心臓が止まるかと思っただろうが! 死んでたらどうするつもりだったんだ、この馬鹿!」
「アル……。リアも、二人とも落ち着いて。……え、ちょっと待って。その格好、まさか君たちが例の……」
僕はようやく、二人の纏う装備がただ事ではないことに気づいた。伝説に謳われる聖剣と、女神の加護が宿る法衣。
「噂の『勇者』と『聖女』だったなんて……。本当に、本当によかった。立派になったなぁ。僕は嬉しいよ」
僕は心底嬉しそうに目を細め、かつてのように二人の頭を撫でようとした。 その瞬間、世界最強の勇者と、大陸最高の聖女が、借りてきた猫のように一瞬で静まり返った。
僕にとって、この二人は五年前まで村で泥にまみれて遊んでいた幼馴染だ。 同時に、前世を含めれば精神年齢は百歳を超えている。生前の我が子たちを思い出し、二人を「孫」のような感覚で可愛がっていた。 十五歳で別れてから五年経ってもその感覚は抜けず、僕にとって彼らは完全に「保護対象」のままだった。
「……だったら、もう俺のそばを離れるな。冒険者を続けてもいい、俺のパーティ『救世の翼』に入れ。お前は俺の隣で、安全に飯でも作ってりゃいいんだよ。お前みたいな危なっかしい無能は、俺がいないとすぐに死ぬんだからな」
アルトは顔を背け、ぶっきらぼうに、しかし必死な口調で告げた。相変わらず、素直じゃないやつだ。 ……あれ? これ普通、ヒロインが言うセリフじゃないか?
「そうです。エス、アルト、私の三人で、またあの日々を取り戻すのです。エスは私の加護の下で、一生お世話されていればいいんです。食事も、お風呂も、睡眠も、全部私が見守ってあげますから」
リアもまた、恍惚とした表情で僕の手のひらに頬を寄せた。 彼女も子供の頃からよく懐いてくれていた。……他の子と遊んでいると、少し怖い目で見てくることもあったけど、基本は優しい良い子なんだよね。
二人の強引な勧誘に、僕は困ったように眉を下げた。
察した冒険者(察してない)
確かに、彼らのパーティに入れば、金銭的にも安全面でも贅沢な冒険ライフが送れるだろう。 だが、僕の頭の中では、これまで読み耽ってきた異世界小説の知識がフル回転していた。
(眩いばかりに美しい勇者と、至高の聖女。これはファンタジーの鉄板だ。二人は間違いなく、将来結ばれるべき最高の恋仲候補。そこに僕みたいな中身がおっさんの凡人が混ざってみろ。二人の甘い雰囲気を台無しにする『無粋な第三者』にしかならない)
それに、と僕はアクセサリーを握りしめた。
(僕の正体が『キャプテン・ソル』だとバレたら、僕の平凡な実力がソルの致命的な弱点になる。何より……目立つのは面倒だ! のんびり余生を過ごすのが今世の目標なんだから)
僕は、これ以上ないほど優しい拒絶の笑顔を浮かべた。
「二人とも、ありがとう。本当に嬉しいよ。でもね、僕は一人のんびりと、薬草を摘んだりドブを掃除したりする生活が性に合っているんだ。君たちのような英雄の隣に、僕みたいな凡人がいたら、二人の邪魔をしてしまうからね」
「……足手まとい、だと?」
「邪魔……?」
二人の顔が、わずかに引き攣った。 僕はそれに気づかず、さらに「人生の先輩」としてのトドメを刺す。
「アル、リアをしっかり守ってあげるんだよ。リアも、アルを支えてあげて。僕は遠くから、二人の幸せを祈っているからね」
「待て、エス! 俺はそんな話をしてるんじゃねぇ!」
「違います! 私たちは三人でなければ意味がないのです! エスがいない幸せなんて、この世には存在しません!」
「おっと、ギルドに報告書を出さなきゃいけないんだった。じゃあ、またどこかで会おう! 二人とも、お仕事頑張るんだよ!」
僕は早くこの場を離れたくて、煙に巻くように路地の奥へと逃げ出した。
残された二人には、重苦しい沈黙が流れた。

「……あいつ、何一つ分かってねぇな。俺がどれだけ、あいつのために『居場所』を準備してきたと思ってんだ」
アルトの声が、低く、殺気を孕んで響く。
「ふふ……。エスは相変わらず、自分の価値を分かっていませんね。……『足手まとい』だから断るというのなら。彼が自分を凡人だと言い張れないほど実績を積ませて、私たちと共にいるのが当然だと思える状況に追い込めば……納得してくださるかしら?」
聖女の瞳には、父への愛ゆえの、昏い情念の火が灯っていた。
その様子を感じ取ったのか、アクセサリーの中からソルの呆れた声が響く。
『……エス。お前のその「空気を読んだつもり」の行動。逆効果どころか、あいつらにガソリンぶっかけちまったぞ。……また、めんどくさい「修羅場」になりそうだな』
「え? なんの話?」
『マジかよお前……』
ソルのよく分からないぼやきは放っておいて、今はとにかく金稼ぎだ。後始末、忙しくなるぞ!
この時の僕は、純粋に二人の再会を喜び、恋仲として応援していた。 それが自身の「自由なバカンス」を終わらせるカウントダウンになるとは、これっぽっちも思っていなかったのである。二人の幼馴染は、再開前から遥かに「重く」なっていることに、僕はまだ本当の意味では気づいていなかった。



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