導入
この小説は、『キャプテン・ソル』メインストーリー後を描く物語です。
異世界でSランク級の力を持ちながら、ソルは表向きには平凡なCランク冒険者・エスとして活動していた。
そんな彼の前に現れたのは、同郷の幼なじみ二人。
しかも再会したその二人は、勇者と聖女になっていた。
だがその幼なじみ二人は、エスに対して“父”として重すぎる想いを抱いている。
一方のエスは、そんなことにまるで気づかず、のんきに再会を喜んでいた。
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ソル短編小説
聖職者の「慈悲」×ギルドマスターの胃痛

冒険者ギルド連合・総本部の一室には、どんよりと重たい沈黙が満ちていた。
その空気の中には、わずかな苦み――胃薬の匂いまで混じっている。
「……ヴァルター殿。ギルドがその『亡霊』を飼いならしているというのなら、我々教会は手段を選びません。速やかに『浄化』を執行するまでです」
冷徹なライトブルーの瞳を向けているのは、女神正統教会の最高幹部、アウレリウス・ヴァルド教導大司祭だ。
彼の背後では『秩序の浮遊魔導書』が、まるで意思を持つかのように音もなくページをめくり続けている。
対面に座るギルドマスター、ヴァルターは、慣れた手つきで腰のホルダーから高価な薬草で作られた『超強力胃薬』の小瓶を取り出した。
そのまま一気に飲み干し、深く息を吐いてから静かに口を開く。
「大司祭、少々言葉が過ぎますな。ソルは厄災級のサイクロプスを討ち、いろいろやらかしはしたが、多くの命を救った英雄だ。彼を『不浄』と断じるのは、救われた民衆への侮辱ではありませんか?」
「秩序を乱す力は、結果がどうあれ毒でしかないのですよ」
アウレリウスは白手袋の指先で、机に置かれた一枚の書類を軽く叩いた。
「毒つながりで、この『エス』というC級冒険者もいただけない。彼は我ら教会の聖女リア様と同郷という縁があるのか、あの方に執着されている。この事実は、教会の秩序に対する重大なバグと言わざるを得ない」
アウレリウスは、教会の繁栄を強く願っている。
教会の重要な旗印である聖女に近づく影があれば、『法』と『秩序』をもって排除する。
それが彼のやり方だ。
「彼を聖女様から遠ざけなさい。人里離れた辺境の村で警備任務でも構わない。それがこの男の命を守り、聖女様を太陽として輝かせるための……私なりの『慈悲』ですよ」
ヴァルターは、かつて剣聖と呼ばれた鋭い眼差しを伏せた。
目の下の消えないクマを指でさすりながら、エスの願う『平凡な日常』がまた一歩遠ざかっていくことに同情し、ますます胃を痛めるのだった。
世界一「安全」なクエスト

その頃、当のエスはというと、騒がしくなった拠点跡地を離れ、静かな森の中にいた。
「……ふう。やっぱり、こういう地味な薬草採取が一番落ち着くなぁ」
中身は精神年齢百歳超えの“じいちゃん”。
人生三周目となる今世を、彼は『気楽な旅』くらいの気持ちで楽しんでいる。
だが、そんなことを周囲が許してくれるはずもない。
『おいエス、現実逃避してないで周りを見ろよ。どんだけエス好きなんだよ、こいつら』
腰のアクセサリーから、ソルの呆れた声が響く。
その視線の先では、国の宝たる勇者アルトがエスの進む先を先回りし、遭遇する魔物を片っ端から文字通り根絶やしにしていた。
“どんくさい家族”であるエスを守るため、採取の邪魔になるものは一切近づけない。
それが勇者アルトの出した、過保護にもほどがある判断だった。

さらに、エスの頭上からはキラキラとした光の粒子が絶え間なく降り注いでいる。
「エス。心拍数、体温、魔力残量……すべて正常です。ですが念のため、状態異常耐性強化と体力超強化の神聖魔法をかけておきます。……ああ、でも念のために耐熱強化と物理耐性強化も……」
彼の横では、聖女リアが『健康管理(スキャン)』と『過剰すぎる神聖魔法』を同時に発動させていた。
彼女にとってエスは、女神よりも大切な『絶対的な父』であり、一生お世話されるべき守護対象なのだ。
「……こりゃ、世界で一番豪華な薬草採取だね」

依頼を受け、さあ出発だと外に出た瞬間、待ち構えていた国の重鎮たち。
そんな二人が半ば強引に同行するこの状況は、一国の王子でもまず叶えられない超待遇である。
エスは現実逃避しつつ、のんびりと薬草を籠に入れていった。
推し神の匂いフェチな「美女」

勇者によって魔物が一掃されたおかげで、一行はどんどん森の奥へ進んでいった。
最深部は質の高い薬草も多く、エスは黙々と採取に励んでいた。
過保護な二人はエスの安全確認と周囲の警戒のため、少し離れた場所にいる。
そんな中、ふと顔を上げた先に、一人の美女がこちらへ向かってくるのが見えた。
燃えるような真紅のウェーブヘア。裾の焦げた真っ赤なケープ。
その赤い美女は虚空を見つめるように鼻をひくつかせ、何かを必死に探していた。
五年前、彼女の脳裏に焼きついた『我らの神』の尊き炎。
その残り香を追って、彼女はこの森までたどり着いたのだ。
そして、風が吹いた。
エスの身体をかすめた風が、そのまま美女の鼻先を打つ。
「……っ!!」
緋色の瞳が、驚愕に見開かれた。
次の瞬間、彼女は音もなく、しかし凄まじい速度で距離を詰める。
エスの肩を掴むと、そのまま首筋に顔を埋めた。
「くんくん……くん……ああ、なんということ……! 泥の匂いに混じって、あの方の……あの神聖な青い霊炎の気配が、こんなにも……!」
「え、なにこの子……。怖い怖い!」
瞳孔の開いた目で首筋をクンカクンカしてこられたら、いくら絶世の美女でもドン引きである。
そんなエスの反応などお構いなしに、彼女はエスの腕を強く掴んだまま、至近距離からその瞳をのぞき込んだ。

「あなた……名前は? なぜ、これほどまでにあの方の気配を纏っているのですか」
「えっと、僕はエス。C級冒険者です。……君こそ、そんなに怖い顔をしてどうしたんだい? もしかして、この森で何か探し物かな」
エスは引きつった笑みを浮かべながらも、なんとか冷静に対応しようとした。
前世の社畜人生が活きる瞬間である。
「私の名前はセラフィナ・ルーベルトです。……決めました。エスさん、あなたを我が『赤炎救済教団』の聖地へお連れします。あなたが何を知っているのか、その身体に染みついた尊き香の理由を、一滴も漏らさず吐き出していただきますから」
「ええっ、教団? 僕はただの冒険者だよ? 聖地なんて畏れ多いし……。あ、もしかしてアルト君の新しいお友達かな? ずいぶん情熱的なお嬢さんだなあ」
教団というワードと絶世の美女の登場で、エスのラノベ脳が勝手に理解した。
『主人公のアルトを巡る、新たなヒロイン登場!』という王道ラブコメイベントなのだと。
(勇者の)ヒロイン登場!? 「ラブコメ」展開キタ!……来てない

セラフィナがエスを連れ去ろうとした、その瞬間だった。
空から黄金の聖剣が降り注ぎ、周囲に衝撃が走る。
「――その汚い手で、そいつに触れるな」
燃えるような赤髪をなびかせ、アルトが琥珀色の瞳に殺気を宿して現れた。
「エス。大丈夫ですか? ケガはありませんか? ……そこの女、彼に何をしようとした?」
背後には、プラチナブロンドの髪を揺らしたリアが立っていた。
彼女は自身の拘束魔法『聖域の檻』を展開しながら、静かに立ちふさがる。
瞳からは完全に光が消え、そこにあるのは『排除対象』を見る冷たい目だけだった。
「不敬なのはあなたたちです! 紅き尊き神の威光を理解しない愚か者が!」
「「黙れ、部外者!!」」
戦闘力としては国トップクラスの英雄にも匹敵する気迫を放つセラフィナ。
一人のC級冒険者を挟んで、一触即発のにらみ合いが始まる。
だが、その光景を生み出した張本人であるエスの胸は、なぜか温かい充足感で満たされていた。
(おお……! 勇者アルト君を巡って、清楚な聖女様のリアちゃんと、情熱的なセラフィナさんが火花を散らしている! これぞ異世界ファンタジーの醍醐味……まさに王道ラブコメだ!)
エスのラノベ脳は、アルトをラノベ主人公へと脳内変換し、のんきに楽しんでいた。

「アルトも隅に置けないなあ。二人とも、アルトをめぐって喧嘩しちゃダメだよ。みんな仲良くしなさい。さあ、今から野営するから、みんなで食事でもして落ち着こうか」
「「「……は?」」」
三人の声が、きれいに重なった。
エスは、自分が『保護(監禁)対象』であることにも、彼女たちが自分をめぐって奪い合っていることにも、これっぽっちも気づいていない。
『……エス、鈍感系主人公は腹立つって言ってたけど、お前も大概だな』
アクセサリーから届くソルの呆れたツッコミも、ファンタジー脳で感動に浸るエスの耳には、ただの心地よい風の音にしか聞こえていなかった。
加速する勘違い

夕陽に染まる森の中。
二人の英雄と狂信者――そして、一人の勘違い冒険者が食事を囲んでいた。
「アルト、君も大変だな。まあ役得と思って大切にするんだよ!」
エスはこれ以上ないほど的外れな『ラノベファンとしてのアドバイス』を贈り、アルトは頭の上に疑問符を乱立させたような困惑顔になっていた。
命に代えても守るべき相手から、危害を加えた害虫と仲良くしろと言われたら、そりゃ戸惑う。
リアは『やはり、慈愛に満ちた尊き人です』と感動しながら、エスの世話を甲斐甲斐しく焼いている。
セラフィナはスープを飲みながら、じっと三人の様子を観察していた。
(訳のわからないことを言うのは相変わらずか。近頃、教会もきな臭い動きをしている……。そんな中で、こんな怪しい女とこれ以上エスを一緒に行動させるわけにはいかない)
なんとかセラフィナからエスを引き離そうと考えている、イケメン勇者アルト。
(彼は優しすぎます。その優しさに付け込む悪魔から守らないといけない。彼が……彼こそが、アルトと私のすべてなのだから)
エスから皿を受け取り、嬉しそうにスープをよそいながら、慈愛に満ちた目でエスを見つめる聖女リア。
(勇者と聖女。教会の重鎮たちが彼を過剰に保護している。彼には絶対に何かある。見ていてください、我が神ソル様! エスを調べ、ソル様の真実に近づいてみせます)
エスがソルと何らかのつながりを持っていると確信し、真相を暴こうとする狂信者セラフィナ。
(うーん、なんてカオス)
この状況にドン引きしているソル。
四人(+α)の思惑が交錯し、物語はさらに加速していくのだった。






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